書道

これまで特に習字をやっていたとか、毛筆にこだわりがある、とかではないのですが、ばらかもんを読んで書道に少し興味を持ったので調べてみました。

小さい頃からなんとなく、うまく字が書けたら嬉しい、というくらいで「字を書く」ことに思い入れもなかったため、この歳で書道と習字の違いがわからない自分に若干引きました。これぞ今さら人に聞けない教養。

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書道と習字は全く別物

習字展示
習字は字面からなんとなくイメージがつきますが、書道って何?と改めて聞かれるとはっきり答えられる気がしない。ということで今日はその違いについてまとめています。

習字は、字を習うこと

まず習字ですが、小中学生の時授業で習った人が多いと思います(小学校は書写?)。
習字はその名の通り、「字を習う」という意味であり、教わった通りお手本に倣い字をきれいに書くことに主眼を置いてます。何事にも基礎が大事、ということで繰り返しきれいに書けるよう練習することが重要でした。

確かに日常では「何気なく書いてしまう字」も、「意識的に字を書く・向かい合う」というだけで、その上達や集中力を鍛える意味にもなっていたと思います。

当時、字を書くだけのことが、なぜ授業になるのか疑問に思っていましたが、ネット社会が到来した今でも、手紙や直筆の文面がここぞという場で重宝されているのを知ると、やっぱり必要な時間だったんだなぁとしみじみです。

書道は、字を書くことによる自己表現

一方書道では、「美しく書く」ことに加えて、どれだけ自分の個性を「字」を通して表現できるかに着目した芸術の1つだという決定的な違いがあります。

個人的なイメージとしては、書くことで自分と向き合い、己を高める修練的なものと思っていましたが、実際その意味合い以上に、書く人の個性によって生み出される芸術作品という見方が合っているとのこと。
あくまで重要なのは、書を通して自己を表現する芸術である、という点です。

ちなみに芸術作品として鑑賞する際は、その文字の力強さやしなやかさ、線の太さ細さ、全体としての整い具合や配置の良さ、墨の濃淡、書かれた文字自体の意味、などが観るポイントとなります。

字を観る、ということが普段無い分、こうしたポイントを押さえて鑑賞できると、またおもしろい発見がありそうです。

上手いか下手か、好きか嫌いか

こうして習字と書道の違いをはっきりさせることで、面白いことが見えてきます。

それは習字がお手本を基準に、上手いか下手かを判断していくのに対し、書道は個々の感性に従い、好きか嫌いか、美しいか醜いかに着目する視点の違いが明らかになるという点です。

字を見ると、つい上手いか下手かで判断しがちですが、好きか嫌いかというこれまで無かった軸で見ることで、書に新しい世界の広がりを感じることができます。
正解を求めるありがちな凝り固まった思考も、人の個性から生まれた「芸術である字」を通して、解きほぐす事ができそうです。

そこで手始めに、自分で書いた文字を上手いか下手かではなく、好きか嫌いかで見てみるとおもしろいと思います。
これまで何気なく書いてきた字も、知らず知らずのうちに自分の好きなカタチに書いているかもしれません。
ただ、久しぶりに書こうとすると、キーボードに親しんだ指が荒ぶって自分の字にびっくりしますが笑


そんなこんなで書道は芸術であり、上手い下手以上に、見た人の心をどれだけ揺さぶれるかという感性に重きをおいた芸術であることがわかりました。

実際、ばらかもんでは、書道家の主人公が離島の賑やかな仲間達に振り回されながら、自分が変わっていくこと・成長することにフォーカスが当たっています。
テクニックや単なる技法ではない、書道の本質を人間性に求めるからこそ、人との触れ合いを中心に物語が描かれているのだなぁとかなり納得。
確かに主人公、ただのんびり田舎暮らししてるんじゃなかった、成長してたわ。

とまぁ言ってもピンと来ないし、とりあえず字書いてみようかなぁーと思ったらこういうとこもあったので、一応はっておきます。
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いや、そもそも道具ないからって人は、気軽に写経からでもどうですか、ってことで。
写経用紙が7枚、お手本が1枚、筆ペン1本で540円なので、毎日1枚ずつ書いて1週間でどれくらい書けるようになるか試してみるのもおもしろそうですね。
書道半紙・写経用紙の通信販売 十川製紙


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