あーもう本当面白い、今個人的に注目しているのがカドカワ代表の川上量生氏。
『ニコニコ動画』を手がけ、数々のヒットを生み出してきた後、今回通信制高校と全寮制個別指導塾を起ち上げるとのこと。
▶ 【川上量生】世の中を変えるためには、100の奇跡が必要だ:News Picks
理系出身者ながら社会や人間を冷静に分析し、技術者としてでなく一チャレンジャー、変革者として世の中にインパクトを与え続ける川上氏。
教育事業への進出には、一体どんな思想・哲学から取り組んでいくのか。また、川上氏本人はどういったモチベーションで事業にコミットしているのか、という読んでて興味深かった点を抜粋して紹介します。
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“人間”への洞察から生まれたサービス
まずはこちら、川上氏が新しい通信制高校の形を提案するとして発表した「N高校」。設立当初から「東大生を出す」ことを明言しており、それに対して結局東大か、といった批判もある中その理由を以下のように語っています。
(批判が出てくることに対し、)
ただ、そういう意見が出てくるのは当然ですし、しょうがないとも思っています。子どもがいくらN高に行きたがっても、親が反対するという状況は全国各地で起こっているでしょう。それを打破する方法を考えたとき、やっぱり東大生を出すことが一番効果的でわかりやすいと考えました。それは、本質的なことではないかもしれないけれど、シンプルかつ一番、親が納得できる現実だと思います。
学校は偏差値などではなく、教育内容だ。という教育学者や研究家が唱える論とは異なり、あくまで事業家としての目線がこの言葉を発せさせていると感じます。
開発されたサービスも、市場で流通しなければ無いのと同じ。まずそれを受け入れてもらうには何が必要か、中高生に教育サービスを提供する際重要なのが、その内容以前に、親に対しての説得・価値提供にあります。
崇高な理想や注目されやすい変わった思想を掲げるのではなく、あくまで現実的で1番効果的な解を提示すること。一時的に本質から離れようとも、それが最終的にしたいことにつながるのであれば、遠回りではなく”正しい”ルートとなるはずです。
また、批判に対してその他に以下のようにも語っています。
僕は別にN高の生徒に東大だけを目指してほしいなんて思っていません。何を目指したっていいと考えています。その中で、何で東大は目指しちゃいけないのか、という話ですよ。
そこには、通信制高校に対する偏見や、一度レールを外れた人が主流派になって戻ってくることに対する抵抗感があるんだと思います。僕はその偏見をなくしたい。
学校や社会からドロップアウトしてしまった人達でも、また活躍できる場を提供したいという川上氏自身の意志が強く表れている発言です。
また、それと同時に、憐れむべき人間の本性、社会に存在する見えない空気、人々の感情を的確に捉えているのだなと感じます。
別に性悪説を支持しているわけではありませんが、人にはどうしても他者との関係から自分を見出す習性があります。
自分より下だという人間がいることで安心し、自尊心を保つ。そんな存在を分かりやすい中退者や社会不適合者に求め、1度でも失敗した人間を思考停止で見下すことで安らぎを得るという振る舞い自体、不健全でありながらも人の弱さを象徴する行為ともいえます。
そういった社会の現実を捉えた上で、人々の考え方・価値観にまで影響を及ぼそうとする姿勢は非常に興味深いものがあります。
川上氏の人に対する洞察はこれだけではありません。
高校生にプログラミング教育を提供する意味について、
やっぱり人間にとって一番重要なことは、「相対的優位なポジションをどうやって獲得するか」なんですよ。
たとえ話で言うと、僕は小学生の頃、ピピとミミっていうウサギを2匹飼っていました。ミミのほうが少しだけ早く生まれて、体が大きかった。そうすると、いつまでたっても、ミミの体が大きい。なぜかっていうと、餌の奪い合いに勝つから(笑)。
例えば話が突飛な印象を与えますが、これは人間の世界でも同じことがいえます。
特に小学校などで4月生まれと3月生まれの子が同じクラスで教育を受けている状況がそれです。
子供の頃の1年間には想像以上の隔たりがあり、実質1年早く生まれ成長していた4月生まれの子は、他の同学年の子に比べ身体も大きく腕力や知能も発達しているため、成功体験を得やすく、その経験を糧に成長しやすいという説もあります。
こちらは学生の論文ですが、その傾向をプロスポーツ選手の数と学力スコアで説明しています。
・同学年内において誕生月の差が子供に与える影響|2010 年度名古屋大学学生論文コンテスト
今の世の中、パソコンやインターネットと無関係でいられる仕事はない。そんな状況でできるだけ早くその技術に触れておくこと。それが先行者メリットとなり相対的優位性の獲得につながると言います。
社会のため、それが”必然的”な運につながる
そして最後に、話の内容は世の中の変え方に及びます。
川上氏自身、これまで事業を成功させてきた背景にはものすごい数の奇跡があったそうです。そうした奇跡はどうしたら起きるのか、といった問いにこう答えます。
僕らは儲けようというよりは、正しいことをしようとしてきた。まだ世の中にはないけれど、あったらいいものをつくろうと心がけてきた。僕らは食わなきゃいけないので、慈善事業をしているわけではない。食うために、でも競争が嫌だから、人がやってないことをしてきたんです。
その中でも、世の中の必要性に応えることをしていた。僕も、別に徳を積もうという気持ちは全然ありませんでした。ただ、結果的には、世の中の人にすごく応援されることをやっていたんです。この応援が、僕らの運をつくってきたんだなというのは、今振り返ってみて強く思います。やっぱり、おかしすぎますよ。運が良すぎて(笑)。
このコメントを読んだ瞬間、なるほどなーと深く納得。
サラッと言っているようにみえますが、実はこの姿勢、考え方が21世紀を乗り切っていくために必要なものではないかと切に感じます。
SNSが登場したことで、人々の共感がビジネスにおいても力となり作用する時代。社会からの共感、支持によって存在感、プレゼンスを発揮し伸びていけることを示唆し、そうした環境を企業が活かすことで世の中もどんどん変わっていくのでは、ということなのかなと感じます。
もちろん「人がまだやっていないこと」「世の中の必要性に応えること」をビジネスとして回していくには、多大な苦労と並外れた努力がいることは言うまでもありません。
ですが、あくまで目指すべき方向性として頭の隅にいれておくだけでも、物事の捉え方、感じ方は変わってくるのではないでしょうか。
まとめ
取り上げてきた発言はどれも、教育をどうしよう、教育はこうあるべき、といった議論でなく、人間や社会をベースにした視点から、その延長に必要とされるサービスを提供するというスタンスで考えられていることがわかります。
IT関連事業を牽引しながら、テクノロジーや技術だけにとらわれない独特の視点、思想。サービスやコンテンツを小手先ではなく、どう人間や社会とバランスさせるか、という考え方は非常に参考になります。
今後も同氏の発言を追っていき、参考になるものはどんどん取り上げていきたいと思います。
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